3章 看護師の動きを時間で測る

 

 

病棟の看護師とナースコールの関係を、反応時間で見てみよう. 図3.1 は病室内ベッド周辺にあるナースコールの押しボタンである。 

図3.1

図3.1 (写真)病室のナースコール 押しボタン

スタッフルーム(ナースステーション)の電話である。ここで患者のコールに応答する。

図3.2 ナースコール

 

図3.2  (写真)スタッフルームの電話 

 

 

ナースコールの例

患者に看護師に対する満足度の調査を行った。そのなかでナースコールを押してから看護師が来るまでの時間は適切か、という質問がある。これを反応時間として考えると次のようになる。

 ・患者 仰臥 なにかのことで看護師を呼びたいと思った。ベッドの柵にくくりつけてあるコールボタンを探した。患者がコールボタンを押すまで(時間A)

・看護師 がステーションで返事をする(時間B)  Yさん どうされましたか? 

・患者 具合が悪いです。(時間C ) 

・看護師 いま行きます。(時間D)

・ ベッドに来て、患者に声かける(時間E)

合計時間=反応時間  T

 

以上の幾つかの時間を図に示す。この図は反応時間の構造を示している。

 図3.3 ナースコールの過程

 

             図3.3 ナースコールから看護師が患者の所に来るまでの時間

 

実際に、実習室で模擬的に反応時間を測ってみた。その結果を、図3.4 に示す。

 図3.4

 

図3.4  測定結果 ナースコールから看護師が患者の所に来るまで

 

 

分かったことの例を一つ述べておく。患者がボタンを押すまでの時間に大きな違いがある。これは、なぜだろうか?  一つの理由は、患者がボタンを探すまでに時間がかかる場合があるからである。このようなデータから改善策を考える。看護師の返事までの時間の違いは、たとえば看護師が他のことをしていた時などによると思われるが、5秒以内であれば許容されるであろう。

 

看護師が他のことをしていたとは(アンケート抜粋):

・患者のことで医師と連絡していたのでナースコールに出られなかった

・内線がかかってきたため遅くなった

といったことである。

 トータル所要時間は、反応時間と同じ意味である。24-35 秒は、決して長くない。しかしこの図は、模擬実験なので早い応答であったが、実際の病棟では、他の要素も加わるのでもっと長くなる可能性がある。

 二つの例

・甲南病院 外来待ち時間に関する調査と満足度 http://www.kohnan.or.jp/cs/ko_g03.pdf

 ・飯山赤十字病院 4階西病棟 H17年度 患者さま及び御家族の方々の思いが入院生活に生かされるよう患者さまの思いに耳を傾けたいと思っています。一つの取り組みとして、患者さまのナースコールに素早く出て、適切な看護が出来るかを考えています。

 排泄後、整容後の移動援助:
コー外的要因による失禁を呈している事例に対して、現在本人の排泄時間に合わせた定時誘導を実施しているが、排泄中の職員の居室待機を本人様が拒否されるため職員はこの間他の業務を行っている。 そのため排泄が終了した時点でナースコールを押してもらい対応していた。 しかし、待ち時間が一定せず、ナースコールの後に職員が迅速に伺えないこともあるため、本人様だけでなく職員にとっても大きなストレスとなっていた。

 

以上は、看護を例にとり反応時間を説明した。次に、人間工学全般を対象として、反応時間の基礎知識を説明する。

 

 

 

反応時間の基礎知識

 

エルゴノミクスの基本を理解するため、1例として、交通信号が赤になったことを認めてドライバーが止まる、という場面を考えてみる。次いでに看護の場合を、病棟のナースコールを例にとって示す。

赤信号で止まる時間を反応時間と呼ぶ。

 図3.5ドライバーと信号

 

図3.5 信号が赤に変わると、ドライバーはブレーキを踏む

 

反応時間(response time)

エルゴノミクスでの反応時間は非常に重要である。

定義:

ある感覚刺激を受けてそれを意識し、できるだけ早く随意的に反応を起こす時の、刺激の提示から反応までの時間。

車の停止に於ける場合のドライバーへの感覚刺激は赤信号であり、これを目が捉える。なお人間は目の前にあるものでも意識しない時があるが、その場合は少々違ってくる。実験では意識しているときが重要であり、できるだけ反応を早くするといった条件で実際に計ってみることになる。

反応時間が何分あるいは何秒かかるのかを計ってみる事がエルゴノミクスでは非常に重要である。

上の例では、ドライバーが信号が変わってから、ブレーキを踏むまでが反応時間である。

エルゴノミクスとは、反応時間がどのようにどの程度かかるのかを計ることによって人間と機械の関係の基本を知ることが出来る。

 

反応時間の測定

大学院生二人が、次の実験を行った。実験の内容は、目の前の赤いランプがついたらできるだけ早く赤いキーを押すというものである。簡単で、誰にでもできる実験である。

10回繰り返した結果がデータとして得られた。

 時間は1,000分の1秒単位で、1回目が0.393秒、2回目が0.303秒となっている。

 

表3.1 単純反応時間 初回

単位 秒

 表3.1 単純反応時間

 

 10回繰り返した平均が、0.309秒となった。約0.3秒である。

分かったこと

 1)赤いボタンをできるだけ早く押す反応時間(単純反応時間)はおおよそ0.3秒である

2) この院生に、5回 同じ実験を行ってもらった。その5回目の平均が、0.231秒となった。

3) 習熟 このような変化を、習熟という。慣れてくると早くなる傾向は、どのような人間行動にもある。

4)下限値 しかし、ある一定の数値からさらに短くなることはない。 これを下限値という。

5) 選択反応時間:ランプの色に赤黄緑の3色あり、またボタンも3色あるとして、「赤が点灯した場合赤ボタンを押す 以下同様」という条件を付けると単純反応時間に比べて反応時間は遅くなる。選択反応時間と呼ぶ。

 

                              表3.2 選択反応時間の平均値

表3.2選択反応時間

 

さて図3.6は画面を見ている人間を描いたものである。だいぶ頭の部分がデフォルメされており、腕、指のところがキーボードを叩いている図である。

 図3.6 情報処理経路

  

図3.6 画面を見ている人間の中で行われていること: 画面の情報を目で受容

視神経、脳へ、そこで必要な情報処理を行う。それから脊髄の中の中枢神経を通って、末梢へ情報が送られる。必要な筋を動かす。その結果が画面に表示される。

  このときに時間が0.3秒かかったということは、図の画面に出ている各要素の一巡りに0.3秒かかったことを意味している。

 先ほどの実験の場合には、赤いランプが点滅しており、それが点灯した場合、受容器としての目で受け、中枢神経、脳、それから脊髄へ、脊髄の中の中枢神経を通って、末梢へ情報が送られる。そして指、腕の筋肉を動かし、キーを押すまでの時間である。

 このことからエルゴノミクスの知識として、人は(最速)1秒間に3回ぐらい瞬間的な行動をとることができる、ということがわかる。

 

 

なぜ自動車は急には止まれないのか (ドライバーの反応時間) 

ナースコールに看護師が直ぐ応答できないとしたら、なにが問題か? その前に図3.1 で示したドライバーの反応時間について考えてみる。

ここでは目で信号を見る、足でブレーキを踏むといった、人間が持つ機能が重要になる。機能は人間のメカニズムということができる。 車をストップさせる、あるいはその逆にスタートさせるという状況は日常的である。それではエルゴノミクスの立場からはドライバーと赤信号をどのように考えるのか。

 実際に教習所などでは、自動車は急には止まれないからしっかり前方を確認して早めにブレーキを踏んでください、というようなことが言われる。

 急に止まれない、止まろうとしてから実際に車が停止するまでの間に時間がかかる、という状況はなぜ生じるのだろうか。また、もっと早く止まれないものだろうか。

 急ブレーキをかけた際の状態を実際に測定してみた結果、この場合は空走時間が0.5秒、そして空走時間の後の制動時間が1.73秒となった。空走時間とは、ドライバーが実際に信号を見て止まろうと思い、ブレーキペダルを踏み始める時までを言う。それに対し制動時間とは、ブレーキペダルを踏み始めてから実際に車が止まるまでの時間を言う。前方をよく確認して、信号が赤になるか注意していても空走時間に0.5秒かかっている。この0.5秒という時間については、後にもう少し詳しく述べたい。 そして制動時間の1.73秒であるが、路面の状態やタイヤの減り具合などの原因により、実際に止まるまでに全体では大体2-3秒かかってしまうと考えられる。その間に車は、かなりの距離を移動してしまっているだろう。このことを人間のメカニズムという点から詳しく考えてみたい。

 

反応までの時間

足を動かす筋肉が収縮するまで (ドライバーの適性)

ブレーキが作動開始するまで (ドライバーとブレーキの総合)

ブレーキが作動完了するまで (ドライバーとブレーキの総合)

ドライバーが障害物を発見した時から自動車が停止するまで (総合)

 

一概に車が止まるまでの時間といっても、エルゴノミクスにはこのように様々な見方がある。

 

足を動かす筋肉が緊張するまでの流れからは、括弧内に書いてあるように、ドライバー自身がどれだけ正しい動作をしているかが分かる。またブレーキの作動開始、ないしは作動完了までの流れからは、ドライバーとブレーキの総合的なメカニズム、あるいは機能について知ることができる。車によってブレーキには踏みやすいものと踏みにくいものとがあり、また同様に効きやすいものも効きにくいものもあるから、この部分はドライバーのみの問題とはならない。 そして最後に全体、ドライバーが障害物を発見した時から自動車が停止するまでを考える。この部分をシステムや総合と呼び、さまざまな見方が出来る。

 

まとめ 反応時間とは:

・反応時間がどのようにどの程度かかるのかを計ることによって人間と機械の関係の基本を知ることが出来る。たとえば判断が複雑の場合余計に時間がかかる

看護の場合も色々と応用で来ると思う。

・反応時間を測ることは、工夫しだいで可能

・慣れてくると反応時間はある程度短縮される

・一概に反応時間といっても、様々な定義がある。